大阪地方裁判所 昭和27年(わ)3100号 判決 1955年6月09日
主文
被告人を懲役一年に処する。
訴訟費用は、全部被告人の負担とする。
理由
被告人は、大阪市南区難波新地一番丁十八番地京美堂の二階に事務所を構えて、計理士、税理士、司法書士等の業務を営んでいたものであるが
第一(昭和二十七年(わ)第三一〇〇号事件)
昭和二十六年三月初旬、被告人の勧めにより長谷川正治が梁斗花及び被告人等と共に、東京所在の日綿実業株式会社東京支店(以下日綿と略称する)から大洋海運貿易株式会社(以下大洋と略称する)を通じ、綿糸百梱(四万ポンド代金一千七百六十万円)を買受けることとなり、その頃これが保証金として長谷川が百七十六万円を右大洋を通じ日綿に差入れたところ(長谷川はその際二百五十万円を大洋の社長金晶煥に交付したのであるが、その中七十四万円は買受けるについての運動費として交付したものである)右百七十六万円の日綿から大洋に宛てた領収書(証第一号―昭和二十八年裁領第一一六八号の分)の日付が、昭和二十六年三月十九日となつているのが三月九日と訂正されてあり、又当時右大洋の金の行動に不審の点があつて此の契約を遂行するについて不安を感じたので、被告人は此等の点を長谷川に伝へると共に此際右買受契約を解除しても差入れた金員は全部取戻せるから解除するよう同人を説得し、同人の依頼により同年三月下旬右契約を解除し、更に長谷川から同人の支出した金員の取戻方を依頼され、同年五月二十四日頃迄に大洋の金晶煥から前記保証金の返却分として合計百十七万円を受取り、右長谷川の為め預り保管中、同年五月下旬二十五万円丈を右長谷川に交付し残額九十二万円は、その頃、擅に大阪市内等で自己の用途に使用するため、これを着服横領し
第二(昭和二十八年(わ)第五十九号事件)
(一) 弁護士でないのに法定の除外事由なくして、昭和二十六年五月頃、前掲被告人の事務所で、今出川末子から、同人が水野末広に依頼して売却した今出川米蔵所有の家屋二十戸(二十四世帯)の売却代金約三十七万七千円の中約十四万二千円の支払を受けた残額約二十三万五千円の取立の依頼を受け、取立金額の一割を報酬として被告人が受領する契約の下に、同年八月頃、右今出川米蔵の代理人として、右水野に対し、同人の右家屋の売却並に家賃取立行為に不正があるので直に解任する旨、又該家屋売却代金及び家賃につき同人がその決算並に不当利得金の返還請求に応じないため、同人の受任行為中の不適法行為は一切無効とする本訴を求めたい為、本書到着の日から三日以内に現実に決裁されたい旨なお、本件は一切代理人となすよう口添する旨記載した通知書一通(証第二十一号第二十二号―昭和二十八年裁領第一一三一号の分)を内容証明郵便として同人宛送達し、以て前記家屋売却代金、及び家賃取立請求事件の法律事務を取扱い
(二) 昭和二十五年十月頃、前記長谷川正治が、被告人の勧誘と保証により、被告人と懇意な間柄であつた良元富月こと梁斗花より綿糸十六梱の割当切符を百十二万円(内十六万円はアツプ金)で買受けたところ、該切符が偽造であつたため現物化するに至らなかつたので、同人よりその責任を追求せられた結果被告人は右保証の責任を負い、これが弁償に代へて
大阪市北区葉村町一番地所在
(甲) 家屋番号第二十五番第三十三号
一、木造瓦葺二階建居宅一棟、建坪十二坪八合三勺 二階坪七坪
附属建物第三十四号
一、木造亜鉛銅板葺平家建倉庫一棟、建坪九坪八合一勺
(乙) 家屋番号第二十六番第九号
一、木造瓦葺平家建物置一棟、建坪八坪
(丙) 家屋番号第二十七番第五号
一、木造瓦葺二階建店舗一棟、建坪十七坪一合二勺 二階坪十四坪五合
の家屋を右長谷川正治に譲渡することとなり、同人名義に所有権移転登記の手続を依頼せられたのであるが、これを奇貨として、該手続を完了したる上、更に該家屋を擅に自己名義に移転登記してこれを取戻さうと企て、前記長谷川との間に右家屋につき何等買戻の契約等をした事実がないのに、行使の目的を以て、擅に
1(イ) 昭和二十五年十二月中旬頃、前記被告人方事務所に於て、予てより長谷川正治の実印を冒用して捺印しておいた白紙に、昭和二十五年十二月十九日付で、前記葉村町一番地所在の(甲)(乙)(丙)の建物を、被告人及び右長谷川間の債務金二十五万八千円の担保で長谷川がその所有権を取得したところ、これを本日から満一カ年間に弁済の場合は、同人がこれを買戻しとして所有権移転登記をなすべく誓約する旨、又期日に弁済不能の時は、売却を承認する。若しも遅延の時は該物件の内右(甲)の建物に限り代物弁済に相殺をなし、その他の物件は被告人へ直に移転登記する条件として、先は該物件全部に対し、被告人に所有権移転登記請求権保全の仮登記をなす旨等記載し、売主氏名欄に長谷川正治の署名を冒書し、以て長谷川正治作成名義の被告人宛不動産買戻条件付誓約書一通(参照証第一号―昭和二十八年裁領一一三一号の分)を偽造し
(ロ) 昭和二十六年九月十日、大阪市北区若松町大阪地方裁判所で、同所民事部係官に対し、前記偽造にかかる誓約書及び同謄本一通を、被告人が同民事部に宛てた前記不動産について、被告人を申請人、長谷川正治を被申請人とした売買予約に基く所有権移転請求権保全の仮登記の嘱託を求める仮処分命令申請書(参照証第二号―領置番号右と同じ)に添付して提出行使し、同月二十五日大阪法務局登記官吏をして同局備付の建物登記簿原本に右申請による大阪地方裁判所坂速雄の仮処分命令(参照証第九号―右と同じ)に基き前記家屋につき売買予約に基く所有権移転請求権保全の仮登記の不実の記載(参照証第三号、第十二号、第十八号―右と同じ)をさせ
2(イ) 昭和二十六年四月中旬、前記被告人の事務所で、予てから長谷川正治の印章を冒用して捺印しておいた白紙に、昭和二十五年十二月十九日付で、前掲家屋中(乙)(丙)の家屋について前記長谷川が代金二十五万八千円で被告人に売渡し、何時にても任意に所有権の移転登記を為すことを承諾する旨記載して、売主氏名欄に長谷川正治の署名を冒書して、同人作成名義の被告人宛不動産売渡証書一通(参照証第四号―右と同じ)を偽造し
(ロ) 前同日頃、前同所で、予てより長谷川正治の印章を冒用して捺印しておいた不動産仮登記用の白紙委任状用紙に、所要欄に右長谷川名義の右家屋(乙)(丙)につき、被告人を代理人として被告人名義に所有権移転登記を申請する権限並に該登記事件につき申請書其の他必要書類代理作成の事務を委任する旨記載し、氏名欄に長谷川正治の署名を冒書して、同人作成名義の被告人に対する委任状一通(参照証第五号―右と同じ)を偽造し
(ハ) 同年九月中旬頃、前同所で、有合せの罫紙に、前記(乙)(丙)の家屋の所有権移転登記に付て右長谷川が登記義務者たるに相違ないことを保証する旨記載し、保証人欄に保証人秋山高儀、比喜多マサの各署名を夫々冒書し、各々その名下に予て同人等から他の目的で預り保管中の同人等の印章を押捺し、以て右両名作成名義の保証書一通(参照証第六号―右と同じ)を偽造し
(ニ) 同年同月二十六日、大阪市北区若松町大阪法務局で、同局係員に対し、前記偽造にかかる売渡証書、委任状、保証書を、他の関係書類と共に建物売買予約に基く売買本登記申請書(参照証第十号―右と同じ)に一括添付して提出行使し
前記家屋(乙)(丙)につき長谷川正治より被告人に所有権の移転があつたのでこれが移転登記をされたい旨虚構の申立をなし、因つてその旨誤信した同局係員をして同日建物登記簿原本に右家屋の所有権が被告人に移転された旨不実の記載(参照証第十二号、第十八号―右と同じ)をさせ
3(イ) 昭和二十五年十二月下旬頃、前記被告人の事務所で、予てより長谷川正治の印章を冒用して捺印しておいた不動産登記用の白紙の委任状用紙に、所要欄に前掲(甲)(乙)(丙)の家屋について、長谷川が被告人に対し、昭和二十五年十二月十九日付で、買戻特約条件付の誓約をなし、被告人の売買予約の所有権移転請求権保全の仮登記を承諾し、昭和二十五年十二月十八日付申請錯誤により、奈良県北葛城郡瀬南村南郷千五十九番地とあるを同県同郡同村大字南郷千五十九番地と更正登記することに関し、被告人を代理人として所有権移転請求権保全仮登記及び住所更正登記を申請する権限並に該登記事件につき、申請書其の他必要書類代理作成のことを委任する旨記載し、氏名欄に、長谷川正治の署名を冒書して同人作成名義の被告人に対する委任状一通(参照証第七号―右と同じ)を偽造し
(ロ) 昭和二十六年九月二十六日前記大阪法務局において、同局係員に対し、右のように偽造した委任状を前記長谷川正治の戸籍抄本と共に、同法務局に宛てた建物所有権登記名義人住所更正登記申請書(参照証第十三号―右と同じ)に一括添付して提出行使し
4(イ) 昭和二十六年五月下旬頃、大阪市南区難波新地市電戎橋電停附近喫茶店「相生」において、予て被告人において、右長谷川正治の印章を押捺しておいた白紙に前掲(甲)の家屋について、被告人を代理人として所有権移転登記(長谷川より被告人に)を申請する権限並に申請書類の作成一切を委任する旨記載し、氏名欄に右長谷川正治の署名を冒書し以て長谷川正治作成名義の被告人に対する委任状一通(証第二号―昭和三十年裁領第五二五号)を偽造し
(ロ) 同年十二月中旬頃、前記被告人の事務所で、有合せの罫紙に右(甲)家屋の所有権移転登記について、前記長谷川正治が登記義務者たるに相違ないことを保証する旨記載し、保証人欄に保証人松原寿、大谷時松の署名を冒書し、その各名下に予て同人等から他の目的で預かり保管中の印章を夫々冒用押捺して右松原、大谷両名名義の大阪法務局宛保証書一通(参照証第十五号―昭和二十八年裁領第一一三一号)を偽造し
(ハ) 同年同月二十日、前記大阪法務局で、同局係員に対し、前記のように偽造した委任状、保証書を建物所有権移転本登記申請書(参照証第一号―領置番号右(イ)と同じ)に添付して一括提出行使し、右家屋につき、長谷川正治から被告人に所有権の移転があつたので、その移転登記をされたい旨虚構の申立をなし、登記簿の原本にその旨不実の記載をさせようとしたが、右本登記申請書に記載した不動産価格が妥当でなく、且つ、該申請書に長谷川正治の印鑑証明書の添付がなかつたため、その補正を求められ返戻を受けたため、その目的を遂げなかつた
ものである。
(証拠説明は省略する。)
被告人及び弁護人等は、判示第一の横領の点につき、保証金の取戻については被告人は長谷川よりその返還請求債権を実質的に譲受けたものであつて長谷川に対してはその譲受代金の未払はあるが日綿の方から大洋を通じて受領した金員百十七万円は被告人の所得となるのであつて横領にはならない旨主張するけれども、此の点に関する証人長谷川正治供述によれば、証第十九号(昭和二十八年裁領第一一三一号)の中の大洋振出長谷川正治宛額面百万円の約束手形(此の外に同様の百五十万円の手形一通あり)を長谷川が被告人に裏書したのは被告人が長谷川の依頼により大洋や日綿の方へ返還を請求する便宜の為めにしたものであり、又債権譲渡は単なる取立委任の為にしたのであつて、同号証の中の長谷川から被告人への債権譲渡証は全然長谷川の関知しないものと認められるのみならず、右長谷川の証言及び証人小野正一の証言並に証第二十号の大洋発小野正一宛はがきを綜合すれば、被告人は長谷川より取戻した金の交付を求められ、百十七万円は判示のように昭和二十六年五月二十日迄にこれを受領しながらこれを秘し、その後五月下旬に僅かに二十五万円丈を交付し、其後再三請求されても常に未受領である旨詐言していることが認められるので、右主張は採用できない。
又被告人及び弁護人等は判示第三の(二)の点について、判示各家屋は、被告人が長谷川等とメリヤス製造業を営むことになりその工場とするためその家屋の名義を一時長谷川に移転したにすぎないものであつて、判示梁斗花と長谷川間の綿糸割当切符の偽造の責任を被告人が引受けその賠償に代へて長谷川に所有権を譲渡したものではない従つて判示記載の各書面は何れも長谷川の承認に基くものであり又各保証書も凡て各本人の承諾を得ている旨主張するけれども、到底これを認めることは出来ないし長谷川の証言によれば此の点に関する前掲各証拠によれば被告人は長谷川に所有権移転登記をするについて委任状を受取り乍ら紛失したと称して又委任状用紙や白紙に同人の印を数通押捺し、又昭和二十六年四月には債権取立に必要があると称し委任状用紙に印をとり、更に印鑑証明書を持参させている点前掲証第一号の誓約書を見ると長谷川正治名下の印影は二個押されてあり而もその位置は文字にかかつており、又証第四号の売渡証書欄外に貼付された百円の印紙二枚の契印は長谷川と墨書されてあり、又証第十号証の建物売買予約に基く売買登記申請の書面に貼付されている長谷川正治の印鑑証明書の日付が昭和二十六年四月十二日が八月十二日(日曜日)に訂正(これは被告人自身所轄役場へ出頭して訂正を求めたもの)されてある点、其の他諸般の情状を参酌するときは、判示のように被告人は右各家屋の所有権を一旦長谷川に譲渡しておきながこれを長谷川の不知の間に取戻さうと考へそれを準備するため長谷川を欺いて予め委任状用紙や白紙に長谷川の印を押捺しておいたことが認められるから、右の主張も採用することができない。
法律によると
被告人の判示第一の所為は刑法第二百五十二条第一項に、同第二(一)の所為は弁護士法第七十二条第七十七条罰金等臨時措置法第二条に、同第二の(二)の中、各私文書偽造の点は各刑法第百五十九条第一項に、各偽造私文書の行使の点は各同法第百六十一条第一項第百五十九条第一項に、各公正証書原本不実記載の点は各同法第百五十七条第一項罰金等時措置法第二条第三条に、判示第二の4(ニ)の未遂についてはなお同法第百五十七条第三項、第一項に、夫々該当するところ、判示第二の(二)の2の(ニ)及び4の(ハ)の各私文書の行使は夫々一個の行為であつて数個の罪名に触れる場合であるから各刑法第五十四条第一項前段第十条により一罪とし、同(二)の1、2、4の各偽造、同行使、公正証書原本不実記載又はその未遂の所為は、各互に手段結果の関係にあるから、夫々同法第五十四条第一項後段第十条により各最も重い偽造私文書行使罪の刑に従い、同3の私文書の偽造と同行使の所為は互に手段結果の関係にあるから同法第五十四条第一項後段第十条により犯情の重い偽造私文書行使罪の刑に従い、以上は、同法第四十五条前段の併合罪であるから、判示第二の(一)の罪については所定刑中懲役刑を選択し、同第四十七条第十条により最も重い判示偽造私文書行使罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で、被告人を懲役一年に処し、訴訟費用の負担については刑事訴訟法第百八十一条第一項を適用して、主文の通り判決する。(昭和三〇年六月九日大阪地方裁判所第一七刑事部)